わかやま 古民家のベランダにウッドデッキを貼る体験を通じて、大学生が冷水浦に新しい風を吹かせてくれました【株式会社いとうともひさ】
キャンパスでは体験できない地域の学びと出会いを届ける、地域体験マッチングアプリ「わかやまCREW」。県内外の大学生と県内各地域の団体・個人をつなぎ、豊かな関係人口を生み出すことを目的に、2021年10月より和歌山県がスタートした企画です。
受け入れ先である地域の人々はいったいどういった場面で活用し、どのようなメリットを感じているのでしょうか。体験談のひとつとして、和歌山県海南市にある株式会社いとうともひさ代表の伊藤 智寿さんとメンバーの大城 フランコさんにインタビューしました。
海沿いの集落にあるビアバー併設の工務店が
「わかやまCREW」に掲載したきっかけは?
株式会社いとうともひさは、海南市の海沿いにある人口400名ほどの集落・冷水浦(しみずうら)に拠点を構える工務店です。一般的な工務店とは毛色が異なり、施工だけでなく設計・企画・運営、さらには空き家を活用した改修技術のレクチャーまで行っています。
2022年12月には、線路沿いの古民家を改修して集落唯一となるビアバー「チャイとコーヒーとクラフトビール」をオープン。大工の本業の傍ら週末に営業しています。
ビアバーの内装。空き家だった2階建ての古民家の1階スペースを活用
伊藤さんが「わかやまCREW」の掲載を試みたのは、ビアバー開店直後のことです。「わかやまCREW」を知り、初回の掲載に至るまで、どのような経緯があったのでしょうか。
「うちのお店を訪れた和歌山県の海草振興局の方が教えてくださったのがきっかけです。僕は冷水浦の人たちのコミュニティのあたたかさに惹かれて、2017年に大阪から移住しました。冷水浦の空き家を買っては、希望する人に実践で改修技術をレクチャーして、普段から県外の大学生に教えることもよくあってそんな僕の活動を知ってくださった振興局の方が相性がいいかもしれないと勧めてくれました。」
若者と地域をつなぎ関係人口の創出を目指したアプリだと聞き、意義を感じた伊藤さんは、その日のうちにオンラインの窓口から登録。当時改装途中だったビアバー2階のベランダにウッドデッキを貼る10日間のプランで募集をかけることにしました。
正面から見たビアバーの外観。エントランスの真上がベランダになっています
若い人が吹かせる新しい風を期待して
自発的な行動を促すページづくりを意識
「わかやまCREW」は地方の暮らしが知りたい、困っている地域のために何かお手伝いしたい方に「地域体験」を提供します。また、掲載無料で、掲載主自身で体験情報のページを気軽に作成できるといった特徴があります。伊藤さんが情報を記入する際、何か心がけたことはありますか?
「うちはなるべく仕事っぽくない内容で打ち出そうと考えました。どの業種にも当てはまることですが、本来仕事は地味で骨の折れる作業が多いです。だけど『わかやまCREW』は、労働力としての期待より、同じ顔ぶれで思わず閉じこもりがちな田舎に、外から若い人がやってきて新しい風を吹かせてくれることが一番期待できるポイントだと思ったんです」
代表の伊藤 智寿さん。カフェの壁には木箱に入った大工道具がずらりと並んでいます
読み手となる10代20代の顔を思い浮かべて、学生自身が楽しみながら自発的に行動できる作業や書きぶりを意識したと言います。実際、ページには「廃材分別を楽しむ、これも建築の大事な要素です」や「よしよしと愛でながらオイルを塗り込めば愛着さらにアップです」「完成したウッドデッキで一杯飲みませんか(未成年者はアルコール以外)」など、遊び心のある表現が散りばめられ、楽しいゴールまで設定されていました。
単なる仕事ではなく、旅や遊びでもない
最後までモチベーションを維持する工夫
こうした募集により2023年3月、大阪の大学で建築を学んでいる2回生の女子学生3名が冷水浦にやってきました。全員もともと和歌山県にゆかりはなく、まさに掲載が縁となり冷水浦に初めて降り立ったそうです。お互いのスケジュールの兼ね合いで、2度に分けて3日間ずつ実施する合計6日間の受け入れ期間となりました。
職人の指導のもと、前半の3日間は、工具の使い方に慣れてもらうため小さな棚づくりからはじめ、その後ウッドデッキの下地の準備に入っていきました。全日程で指導に当たっていた大城さんに当時の様子を伺いました。
代表の伊藤 工具の練習を兼ねてつくった棚。ミルフィーユのように木材を何層も重ねています
「初日のお昼にみんなで買い出しをしてカレーをつくって食べたのですが『合宿みたいで楽しいね』と言い合って喜んでくれていました。3人ともインパクトや丸ノコを使った経験がなく、最初は不安そうだったけど、すぐにコツをつかんでどんどん覚えてくれました。結構大変な作業もみんな一生懸命がんばってくれて。一日の終わりに『明日の作業も楽しみです』と笑顔で言ってくれたのが特に印象的で、僕としても嬉しかったですね」
単なる仕事ではなく、かと言って旅や遊びでもない。疲れの色が見えてきたら冗談を交えて積極的に会話をしたり、ときには海沿いでジュース片手にみんなで休憩を取ったり、約束の時間に遅れることがあれば社会人の先輩として注意するなど、大城さんは学生のモチベーションを維持するため、甘過ぎず辛過ぎずな対応の塩梅に工夫を凝らしていたようです。
作業現場から徒歩5分ほどで冷水浦の海辺に到着します
「本来10日かかる工程を通算6日に圧縮しても肝心なウッドデッキの完成まで体験してもらえるように、あらかじめ職人の手で段取りを進めたうえで、後半の3日間を迎えました。
「日差しが強くなりはじめた季節だったので、暑いなか疲れも見えはじめていましたが、完成を目指して最後までよくがんばってくれました。ついにウッドデッキができ、みんなで寝そべって『心地いい空間になった』『がんばった甲斐があったね』『完成したこの瞬間に一番やりがいが出てくるでしょう』などと話して、一人一人の努力を讃えあって喜びました」
疲れた気持ちを拭いながら、ウッドデッキのラストスパートに取り掛かる大学生たち
雨天で屋外作業ができない日の対策
建築学を活かし、空間の活用プレゼン
屋外といえば雨が天敵。雨の日はどうしていたのでしょう。大城さんによると、伊藤さんが機転を利かせ、コワーキングスペースとして活用を予定している2階を題材に「ここに何があれば良い空間になるか、建築的な視点で考えよう」と課題を出したそうです。冷水浦を散策したうえで資料を作成し、プレゼンしてもらえるように依頼したと言います。
建築学科の彼女たちのプレゼンは斬新そのものでした。「育児の合間に仕事ができるように子どもが遊べる落書き専用の壁をつくろう」「長時間のデスクワークの疲労を和らげるためにスタンディングデスクをつくろう」「そもそもコワーキングスペースではなく、もっといい他の活用方法がある!」など、既成概念にとらわれない爽やかな風を吹かせていました。
プレゼンの題材となったビアバー2階。床と地続きのウッドデッキのおかげで開放的な空間に
普段とは違った新鮮な体験により
仕事や暮らしの本質を見直す機会に
初回の掲載から約半年が経った今、「わかやまCREW」を用いて大学生を受け入れた事業主のひとりとして、伊藤さんに改めて感想を伺いました。
「ただ生産性を教えるのではなく、楽しく暮らしながら働くことを伝えようとすることで、僕らとしても仕事や暮らしの本質を見直す良い機会になりました。また、喜ばれるだろうなと思っていた作業がそこまで盛り上がらなかったり、大変だろうなと思っていた作業が案外面白がられたり、想像と現実のギャップが洗い出されて、今後の人材育成においても学びが多かったです。大学生にとってだけでなく、僕らにとっても新鮮な体験でした」
ビアバーが集落の中と外をつなぐ役割を果たし、この半年で地域との関係性が一段と濃くなっている株式会社いとうともひさ。今後も冷水浦で働くことや暮らすことの楽しさを伝えるため、地域との絆を深め、積極的に若者を迎え入れていきたいと意気込みます。
ライフステージの変化から“暮らしたい場所”を検討する際に脳裏に浮かぶのは、仕事と旅の合間とも言える「わかやまCREW」で出会った、こういった地域や人かもしれませんね。
「また来ます!」と言って旅立った彼女たち。いつか実現するといいですね